第43回 PAIDEIA哲学Café online「「魂」とは?」

第43回 PAIDEIA哲学Café online「「魂」とは?」
​日時:2020年8月27日(木) 19:00-20:30​
場所:Zoom​ 参加予約→ https://bit.ly/3a9o9h8

魂は私たち一人一人に備わっています。​
そんな目には見えない魂を意識したことはありませんか?​
精神や心とはどう違うのでしょうか?​
「魂」とは何なのか、私たちと一緒に考えてみましょう。​

*参加無料・入退室自由。参加には事前登録が必要です。リンクもしくはQRコードから登録してください。​
*登録後、ミーティング参加に関する情報の確認メールが届きます。​
*参加人数は15名です。先着順で締め切る場合がありますので、ご了承ください。

第42回PAIDEIA哲学カフェ・オンライン「コミュニケーションってなに?」報告

第42回PAIDEIA哲学カフェ・オンラインにご参加いただきありがとうございました。 

オンラインでの対話は4回目でしたが、「コミュニケーション」を多くの視点から対話し、深めていくことができたと感じました。またzoomの挙手機能を使うことでスムーズな対話を行うことができました。今回も前半と後半を分けることなく対話を行いました。 

まず、今回のテーマはなぜ「コミュニケーションとは」なのか、ということから始まりました。マスクをしていると「相手に表情や声が伝わり辛く、コミュニケーションを取りにくい」という意見が出ました。他方で、「身振り手振りを今まで以上に意識して会話をすることで、表現が豊かになった」という意見も出ました。 

次に「コミュニケーションはそもそも成立するのか」について対話を行いました。相手を知ろうとする誠実な態度が大切という意見や、相手は自分自身ではないから正確に伝わらない部分があり、コミュニケーションは成立しないと思うという意見や、受け取り側によって変わってしまうといった意見も出ました。 

そして「なぜコミュニケーションをとりたいのか」ということについても対話を行いました。他の人とつながりたいという欲求があるという意見や、話し相手を理解したいと思うからではないか、といった意見もありました。また、本能的に情報共有することと心のつながりを求めることという二つの層から成り立っているのではないかという意見も出ました。コミュニケーションが建前や本音、さらには詩的性格など、複数の意味を持つという意見が出たところで、対話は終了しました。 

私は、コミュニケーションをとる状況が違うことで、求められるコミュニケーションの取り方も違う、という意見に納得することができました。店員に積極的に話しかけられることを苦手に思っていましたが、店員は店員として求められているコミュニケーションをとっただけであると考えることができるようになって、少し気持ちを楽にして話すことができそうだと思えました。 

次回は8月27日(木)19:00より「魂とは?」をテーマに、Zoomにて開催予定です。詳細は追ってご案内致します。ぜひご参加ください!  

(報告者:高千穂大学人間科学部 齋藤ゼミ3年 根本隆洋)  

第40回PAIDEIAオンライン哲学カフェ「ストレスとは?」報告

第40回PAIDEIAオンライン哲学カフェ「ストレスとは?」報告

第40回PAIDEIAオンライン哲学カフェにご参加いただきありがとうございました。

2回目のオンラインでの開催によりZoomの機能にみなさん慣れたせいもあってか、挙手機能やチャット機能を使ったりと、オンラインの特徴を生かした回だったと感じました。

今回は前半後半分けることなく、続けて対話を行いました。

序盤はどういうときにストレスを感じるかについて対話を行いました。自粛生活が続き、行きたいところにも行けないことがストレスだという意見や、相手と会話をするとき、気を使って話すことがストレスだという意見が出ました。

中盤になるにつれて、ストレスの解消法についての話題になっていきました。ストレスに対する器が大きい人はそのまま受け止めることができ、器が大きくない人は受け流すという選択肢があるという意見や、逃げることも選択肢の一つという意見も出ました。

終盤ではストレスとはどういうものかについて対話を行いました。「ストレス」という言葉自体がストレスという意見や、ストレスというのは外からの圧力で、良くも悪くもないものという意見が挙がりました。また、ストレスがないと自分がダメになってしまうため、自ら周りの環境を変えて自分にストレスを与えていくという、これまでとは違った角度の意見が出たところで時間となりました。

 ストレスと聞くと悪いイメージを思い浮かべがちですが、自分への刺激という観点で考えれば悪いものではなく、むしろ良いものだと感じ、これまでのストレスに対するイメージが変わりました。

次回は7月16日(木)19時からZoomにて「ファッションとは」をテーマに開催予定です。是非ご参加ください。

(報告者:高千穂大学人間科学部 齋藤ゼミ3年 市原裟介)

第39回パイデイア哲学カフェ「自分勝手ってなに?」2020/5/28

お待たせしました、久しぶりのパイデイア、オンラインでの開催です!

日時:2020/5/28(木)20:00-22:00 

テーマ:「自分勝手ってなに?」

実施会場:オンライン(Zoom)

*入退室自由・事前予約制

参加希望の方はフォームからお申込みください。追ってスタッフより参加アドレスをお知らせします。ご参加お待ちしています!

https://t.co/7RqcahfyAX?amp=1

第37回 PAIDEIA哲学Café 「距離感」ってなに?

「人との距離を取る」、「距離感を保つ」。
「距離」とは何を指しているのでしょう。
相手との心の距離?互いの境界線?
また、適切な距離感とは?
私たちと一緒に考えてみませんか。

日時:12月19日(木) 17:00-20:00
会場:高千穂大学1号館2階 マーキュリーホール(京王井の頭線 西永福駅より徒歩約7分)

https://www.facebook.com/1398311213787142/posts/2528865524065033?d=n&sfns=mo
料金:学生無料、社会人500円(お茶、お菓子付き)

第33回PAIDEIA哲学カフェ「自由って何だろう?」報告

 第33回PAIDEIA哲学カフェも、前回に引き続き多くの方にご参加いただきました。ありがとうございます。今回は前回の反省点を踏まえ、全員が話しやすい空間を作るために、前半のみAグループとBグループの2つのグループに分け、後半は各グループで出た問いをまとめ更に発展させていくというスタイルの対話を行いました。Aグループのファシリテーターは長瀬が、Bグループのファシリテーターは臼井が務めました。天候も悪く予定より早く対話を終わらせなければならないというアクシデントも起きましたが、対話はスムーズに進み、多様な意見を聞くことができました。

今回の対話のテーマは「自由って何だろう?」でした。
まずAグループの対話は、「自由とは度合いのことではないか」という、自由をパラメーターのように捉えた意見から始まりました。

「知識を多く持っている人のほうが自由度は高い」
「知識を持っていれば、自分の中の選択肢を増やすことができるから自由度が上がる」

最初の意見に対しては、知識が身につくことで自分のできることの選択肢が見えてくるのでたしかに知識量と自由度は比例するのではないかという賛同意見もありましたが、他方で後者の意見に対しては、知識が増えると自分のできないことまで見えてきてしまうので、知識が無いときより不自由を意識してしまうではないか、という反対意見も出ました。

「そもそも自由とは何なのか?」

知識と自由度が比例するという議論が繰り広げられる中で、知識という概念をなくしてみたとき、そもそも自由とはどのようなものとして考えられるのか、という根本的な問いが投げかけられました。それに対しては、何にも制限されずに自分の思うままに行動ができることが自由であるという意見と、制限の中であっても自分で選択しているという今の状態そのものが自由である、という意見が挙がりました。

そこから「今の状態は自分にとって自由であると思うか」という問いが投げかけられ、自由であると考える人と、自由ではないと考える人に分かれました。自由であるという人は自分が今置かれている現状に満足しており特に不自由を感じていない、という意見を持っていました。対して自由ではないという人は、そもそも人は地球という制限の中で生きているのでその時点で既に不自由であり、人は自由になることは根本的に無理なのだという意見を持っていました。この2つの意見の違いは、自由になりたいと思っているかどうかという欲望の強さ、すなわち自由になりたいという欲望が制限の中でのことにとどまっているか、制限の外にまで向いているかどうか、という点でした。現状に満足していれば自由なのか、果たして自由は存在しているのだろうか、とても考えさせられる問いです。 

Bグループの対話では、「法律が自由を奪っている」という意見から始まりました。

「法律という不自由によってみんなの自由が保たれている」
「法がなければ自由ではないか?」

法律があると自由が縛られ行動が制限されるといった意見が挙がった一方で、法律という縛りがなければ最低限の自由すらも保証されないからこそ、最低限度の縛りをつくることで自由が保たれているのではないか、といった意見が挙がりました。法律は、個人の自由ではなく社会全体の平等な自由を保証するためのものなのか、そうではないのかが論点となりました。。

「1人でいることは自由」
「集団でいるとルールが加わり自由ではない」
「1人こそが完璧な自由」

続いての議論は、集団、社会ルールの中で自由があるのかという点をめぐって対話が広がりました。集団で生活を送るのであれば社会ルールに縛られて生きることになるが、それは社会生活を送る以上仕方のない事であり、そのルールがあることで私たちの自由が保障される。そのルールさえも守れないのならば孤独に生きればいい。1人で生きればルールにさえ縛れないで生きていける、完璧な自由だ。そういった意見が出ました。集団で生活していくには縛りやルールが必要であり、その上に自由が保障されているといった印象を受けました。

 続いて、全体での対話の内容を見ていきたいと思います。後半のファシリテーターは、木村ゼミの小西が担当しました。

「不自由があるから自由が感じられる」
「不自由を乗り越えるからこそ、その先の自由に希望を感じられる」

後半の対話では、不自由と自由の関係性についての議論から始まりました。
不自由の期間があるからこそ自由であることが際立つのではないかといった、不自由と自由の相互関係をめぐる議論が行われました。全体的に、不自由と自由が相互関係を持っているという意見に共感している人が多かったという印象です。

「そもそも自由とは、良いものであるのか?」

続いて議題に挙がったのが、自由は良いものなのか、という問題です。「主体性を持っていること」がよい自由の条件である、という意見や、自分の好きなことを何事にも囚われずに思うままにできることが自由というならば、自由は良いものだ、という意見も挙がりました。そして、「果たして自由であることが良いことで、不自由であることがいけないことなのだろうか」といった議論が繰り広げられました。対話が盛り上がってきたところで時間が来てしまい、疑問が膨らんだままで幕を閉じることになりました。

 今回の対話に参加して、自由というのはとても身近な存在だと感じました。対話を行う前は、「自分の欲望を好きなだけできることが自由」「何も考えなくていい漠然とした自由」といったことしか思い浮かばず、自由がとても遠い存在だと考えていました。ですが、選択をする自由、仲間を選ぶ自由、そして不自由があるからこそ自由があるという点には、大いに共感を覚えました。また、2グループに分けて対話を行ったことにより、参加者の意見をたくさん聞くことができ、自由について深く考えることができました。それにより自由をめぐる知識も大いに深めることができたと思います。是非皆さんも身近な人と一緒に「自由」について考えてみてはいかがでしょうか?

 次回のPAIDEIA哲学カフェは7月18日(木)17時より、高千穂大学1号館2階マーキュリーホールにて開催します。テーマは「信頼って何だろう?」です。お時間のある方、ぜひ参加お待ちしております!

(報告者 高千穂大学人間科学部齋藤ゼミ3年臼井将大・2年長瀬大和)

第32 回PAIDEIA 哲学カフェ「平等ってなんだろう?」報告

 第32回PAIDEIA哲学カフェのファシリテーターは齋藤ゼミ2年の伊藤駿、書記は同じく齋藤ゼミ3年の村上琴音が務めました。季節はずれの猛暑のなか多くの方が足を運んでくださり、最終的には30名となった今回の議論はとても活発で有意義なものとなりました。ご参加くださりました皆さま、ありがとうございました。

 さて、今回のテーマは「平等ってなんだろう?」でした。切り口は「男尊女卑」という日本をはじめとした諸国に根強く残る社会風潮でした。

「痴漢問題では男性が加害するという意識が前提になってしまっているのは、女尊男卑ではないのか」
「女性専用車両は女尊男卑?」
「だったら男性専用車両も設置すればいいのでは」
「男尊女卑が前提ならば、立場を平等にするためには女性がある程度優遇されるのは仕方ないのではないか」

という性別による立場の差についての意見から、

「”女性の日”割引きは女性優遇では?」
「稼ぎの差があるから割引きはあってもいい」
「身体的特徴により、男女で役割がちがうからそれを基準に仕事を分配するのは悪い方法ではない」
「女性は出産などで仕事をリタイアする時期があるから、男性とくらべて給与が少なかったり雇用に問題があったりするのはある程度仕方ないのでは」
「結婚・出産をする可能性があるのと同じように、しない可能性も同じだけある。しない選択をしている女性の給与も低くなるのは不当だ」
「性別ではなく能力で雇用すべき」
「女性の給与が不当に低くされるのは、そもそも家庭内役割を女性に押し付ける風潮が残っているから。そのあたりの社会制度の整備が重要」
「全員同じ給与を与えるとしても、それではがんばった人が報われない。スタートラインを同じにする”根本的な平等”をとるか、給与などの”結果的な平等”をとるかで考え方も変わってきそうだ」

といった、社会的な立場や給与についての議論にうつっていきました。特に給与や雇用に関する問題では、現在性別による差が生じていることから、「能力や成果を重視」する考え方や、女性の社会進出を推進するならば社会制度を改善すべきなどの興味深い意見が多く提示されました。全体的に「女性の性別的役割」は負担であるといった印象を受けました。

「クラス内でのカーストは平等?」
「社会的役割がなく、周囲からの視線や評価で決まるもの。仕方がない」
「そもそも親の経済状況や出身地など、スタートラインで平等ではないと思う」

つづいての議論は教育について。クラスというある種全員が平等に扱われる場において、そこからつくられるカーストは平等なのか?という意見から発展して、そもそも学校選びなどのスタートラインから平等ではないという意見が出ました。これは教育は平等に与えられるべきという主張ですが、そこにはやはり経済状況の不平等というお金の問題がつきまとってきました。

「結局のところ価値観次第では?」
「みる視点によって平等か不平等かはわかれる。絶対的な平等は存在しないのではないか」
「どこまで平等にすればいいのだろう?」
「必ずしも平等にする必要があるのだろうか?」
「投票権はみんな平等に1表与えられたもの」
「選挙に情熱を持っている人といない人では、1票の価値も変わると思う」
「平等とは目指すべきところで、仕方がないで片付けていいものではない」

片や平等、片や不平等だと訴えた場合、では平等のラインはどこにあるのでしょうか?
みる視点によって平等・不平等は変わってくるものであり、必ずしも不平等を正そうとしなくてもいいという意見、それに対して平等は目指すべき理想であり、たとえ実現不可能でも追い求めるべきという意見、最低限のラインさえ守れていればある程度平等ではないか、という意見などが挙がりました。

 「平等」とひと口にいっても、それが体現するものは公平性だったり均等性だったりとさまざまです。ある側面では不平等でも、それを補えれば平等になるのか?社会的な役割は不平等なのか?絶対的な平等はあるのか?もしかしたら、お互いがおかれた状況を理解し、尊重しあうことができれば、「だれかの平等」にすこしだけ近づくことができるのかもしれませんね。

 次回PAIDEIA哲学カフェは6月27日(木)17時より、高千穂大学1号館2階マーキュリーホールにて開催します。テーマはまだ未定ですので、決定次第各種SNSよりお知らせいたします。お時間のある方は、ぜひご参加ください。

(報告者:高千穂大学人間科学部人間科学科 齋藤ゼミ3年 林ルナ)

第30回PAIDEIA哲学カフェ「ラヴソングで哲学」 2018/11/16開催!

第30回PAIDEIA哲学カフェ第30回PAIDEIA哲学カフェは、「ラヴソングで哲学」です!
あなたにとって恋人とはどんな存在ですか。
また、好きになるってどういうことですか。
私たちと一緒に考えてみましょう!

日時:2018年11月16日(金) 18:00-20:00
場所:高千穂大学1号館2階 マーキュリーホール

予約不要、参加自由

料金:学生無料、社会人500円(お茶、お菓子付き)

学生の方も一般の方もご遠慮なくお越しください!

 

Facebookイベントページはこちらです!

https://www.facebook.com/events/353477948761613/

 

主催:哲学研究会パイデイア
https://paideiatakachihophilosophy.wordpress.com/

 

第29回 PAIDEIA哲学カフェ「仲間ってなんだ?」2018/6/15開催!

第29回PAIDEIA哲学カフェ

あなたに「仲間」はいますか?
なぜその人達を仲間と呼ぶのでしょうか。
「友達」「グループ」との違いは何でしょうか。
私たちと一緒に考えてみましょう!

日時:2018年6月15日(金) 17:30-19:30
場所:高千穂大学1号館2階 マーキュリーホール

料金:学生無料、社会人500円(お茶、お菓子付き)

学生の方も、社会人の方もご遠慮なくお越しください!

イベントページはこちらです。
https://www.facebook.com/events/445948135835294/

主催:哲学研究会パイデイア
https://paideiatakachihophilosophy.wordpress.com/